記事内に広告を含む場合があります。
最近、お金についてのマンガとか映画とかを立て続けに見てまして。『ミナミの帝王』は法律の勉強にもなるのでオススメです。
こういうマンガを読んでいると気づくのです。
「あぁー、金持ちになりてえなあ」と言っている人の口座に、突然1億円が(何かしらの正当な理由で…遺産相続とかですかね)振り込まれたら、ほぼ間違いなくその人は壊れるということに。
突然むちゃくちゃな金額のお金をもらったら、たぶんぼくもいろいろとおかしくなるんじゃないですかね。
人間関係がおかしくなる
たとえば、人間関係。親ですら信じられなくなるかもしれないですよ。
ぼくには相手の言葉のウラを読もうとしてしまうフシがあり、「うちの家族はぼくを大事に思っているのか、それともぼくのもっているお金を大事に思っているのか…」なんて考えちゃいそう。
宝くじの高額当選者だけがもらう「【その日】から読む本」という冊子にも、当選したことを伝える人はよく考えるように書いてあるそうですね。
もちろん金銭感覚もおかしくなる
そして、金銭感覚。今まで月に20万円で生活していたとして、次の月に2000万円まで使えるようになったとします。もちろん正当な方法で、ですよ。
大半の人が突然100倍になった生活費に対して「やったぜ!」と思うはずですが、実際おそらくそこまで「やったぜ!」な展開にはならないでしょう。
なにせ、今まで1杯300円だった牛丼が、1杯3円になるようなものですからね。(牛丼の1杯あたりの値段と月あたりの生活費の比率が変わることを言いたいのですが、あえてこのような書き方にしています。)
牛丼に卵をつけるかどうかなんて悩まなくなるのです。
すると、牛丼へのありがたみがなくなるのはもちろんですが、なにより給料が下がった時に、生活の水準を下げることが難しくなりますよね。
収入と所属するコミュニティは一致している
基本的に自分の収入とコミュニティをつくる人たちの平均収入というのはある程度一致しているものです。
一般的には金持ちの友だちは金持ち、貧乏人の友だちは貧乏人なのです。なぜかと言うと、それぞれのペースに合わせることができるからです。
一緒に飲みに行ったとしても、割り勘がどこか不平等に思えてくるのではないでしょうか。所得税のように累進割り勘にするわけにもいきませんし。
とまあ、収入が突然かわったことについていくのって、かな〜り難しいと思うのです。
いきなりお金持ちになりたい人に共感できない
ゆえに「あぁー、空から1億円ふってこないかなあ。」とぼやく人に、ぼくはちっとも共感できないのです。
ぼくを含めたほとんどの人が、建設的な使い方をしないまま1億円を使い果たすしてしまうでしょう。
99%持て余しますし、なにより物理的に危ない。
空からふってきた1億円が頭に当たったら即死ですよ。…え?そこじゃない?
お金持ちにはなってみたい
それでも、ぼくはお金持ちにはなってみたいんです。なぜかというと、体験したことがないからです。それだけ。
だって、自家用ジェットでいろんな国に行ってみたいじゃないですか。パチンと指を鳴らしたらヘリが降りてくるみたいなの、やってみたいじゃないですか。
あとは、自分がお金持ちになったときに、まわりの友人がどう変わるのか見たいです。ちょっと性格が悪いかもしれませんが…。
ええ!お前がそんなに豹変するのか!みたいな友人が出てくる気がします。意外とまじめな人のほうが接し方を変えてきたりするんじゃないかな、と推測しています。
本当にお金持ちになりたいの?
言いたいのが、本当に金持ちになりたいのみんな?ということです。
たぶん、なにかしら金銭で解決できること(そして、金銭の事情で解決できていないこと)が、現状ですでにあるのではないでしょうか。ゆえに、お金があればなあ、とぼやくのでしょう。
しかし、足らぬ足らぬは工夫が足らぬです。上記のような人は、お金があってもなにかしらで「足らぬ足らぬ」と言っているでしょう。
ただ、貧すれば鈍するというのも正論です。お金のことばかりを考えないといけない状況は、全ての活動を鈍らせます。
というわけで、ぼくはお金を持ってみたいですが、そこまでリッチな暮らしはしないでしょう。どちらかと言うと、貧すれば鈍するを避けるスタイルを取るでしょうね。
で、あなたはお金持ちになりたいんでしたっけ?そのお金、どうするんですか?