人生

50歳までの人生計画を立ててみたら、人生がさらに楽しくなった

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「50歳になったときに、いったいなにをしてるんだろう…」

そんなことを考えてみました。

というのも、まるもで一緒に作業をしている池ちゃん(@ikechan0201)のブログにて、「50歳までの人生計画を考えてみた【2017年版】」という記事を読みまして。

そういや、そんな先まで考えたことなかったな…と思い、50歳までの計画を立ててみました。

喜劇王と呼ばれたチャーリー・チャップリンが「人生は近くで見れば悲劇だが、遠くからみれば喜劇(コメディ)だ」ということを言っていて。まさにそんな感じの、楽しみな計画になりました。

ぼくと同じく、50歳までの計画を考えたことなかったかたは、ぜひお試しください!

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20代:ゆるいコミュニティの創出。お金からの開放

24歳:日本で「ゆるいインターネットコミュニティ」の構築。時給1万円になる。
25歳:海外で仕事をとり、日本円以外の収入源をもつ。1つの地域にガッツリ入り込み、ビジネスを回す。
26歳:拠点探し。「カフェ+コワーキング」のスペースで、仕事と人が集まる地域コミュニティを創出。
27歳:資産5000万円達成。個人資産の40%を投資に回し、事業投資もガンガン進める
28歳:スペースが軌道にのりはじめ、運営から手を離す。教育など、人を育てる事業にも手を出す
29歳:資産1億達成。年利5%で回して、お金から開放される

直近だと、ひとまずチームで活動していきたいなと思ってまして。詳しくは「2018年は”ゆるいチーム”を作って「時給1万円」を目指します。」をどうぞ。

んで、海外でフリーランスとして活動したり、コミュニティスペースを作ったりします。

最終的には、20代で1億円ほしいなと。投資で回して、セルフベーシックインカムを実現する予定です。

30代:コミュニティを1個の町まで拡大。人を育て、人に任せる。

30歳:地元で自給自足生活の基盤作り。食費0円生活の実現。
31歳:日本のコワーキングスペースを研究。スペース事業をさらに加速させるためのインプット
32歳:中小企業5社と連携。地域の経済を底から支えるスペースに。
33歳:個人のアート活動を販売できるプラットフォームづくりをはじめる。
34歳:中小企業20社と連携。経済面で地域に欠かせないスペースに。
35歳:スペースに訪れる人が1000人を突破。地域のコワーキングスペースとしてブランドを確立し、関係者どうしでビジネスが生まれる場になる。
36歳:海外のコワーキングスペースを研究。スペース事業をさらに加速させるためのインプット
37歳:海外からの移住者が100人を突破。英語教育や海外とのビジネスができる人を育てる
38歳:アート販売を副業にする人が100人を突破。自分の才能を活かせる人が増える。
39歳:スペースの関係者が5000人を突破。仕事がポンポン生まれる町を作る。

セルフベーシックインカムが実現したあとは、生活にかかる費用をガンガン減らしたいと思っています。野菜やら米やら作ってみたいなぁ。

といいつつ、ガンガンに稼ぐことは止めません。20代で作ったスペースを、地域経済の中で「なくてはならない存在」にしていきます。

海外から仕事の元を持っている人たちが移り住んでくると、かなりベストな形ですね。地域からも仕事をとり、海外でも仕事を作る、みたいな。

40代:食品事業に進出。「最高にウマイorおもしろい」を自分たちで作る

40歳:地ビールづくりに参戦。みんなでクラフトビールを作る
41歳:ビールの種類を増やす。「全部ちがって全部ウマイ」がゴール
42歳:農業に参入。5種類に限定し、少数生産で野菜を作る
43歳:野菜の味を洗練させる。「ふつうの野菜の2倍お金を出しても買いたい!」と思ってもらえる5品目を作る
44歳:ブルワリーと直結したビアバーを福井に。自分たちで作った食材を提供する
45歳:ホップや麦から自社で作ったビールの研究。試作品1号ができあがる
46歳:ジビエに手を出す。肉料理も自社で作りはじめる
47歳:素材から自社で全て作ったビールが完成
48歳:食べものの素材を栽培するところから関わることができる、体験型のビアバーをつくる
49歳:全国から料理やビールを楽しみに来るレベルのおいしさになる。加工品の製造に手をだす
50歳:ビアバーの看板商品を加工品に。全国に物販を展開する

40代になったら、集まった仲間とか、おもしろがってくれる人とかと一緒に、食べものを作りたいですね。

実はクラフトビールが大好物で、(かなりお金はかかりそうですが)ビールづくりにチャレンジしたいなと。

「みんなでおいしいものを作ってワイワイやる(かつ、ちゃんと収益が出る)」みたいな場所を作りたいと思っています。

ちなみに、おいしい食べものやコーヒー、ビールのログはInstagramのアカウントに残しています。気になる方はぜひ。

大切なのは「先を見すえること」

50歳までの人生計画を考えてみました。

まあ、ぶっちゃけこの通りになるかはわかりません。数字とか、めちゃくちゃテキトーです。

が、重要なのは 「先を見すえること」なのですよ。日々のタスクに追われていると、ついつい視野が狭くなってしまいます。

ゆえに、50歳までという長期で考えて、ものごとを大局的にとらえましょう、というわけです。

意外と考えたことがないかたも多いのではないかと。ぜひお試しあれ。

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みんな「フリーランスで不安ないの?」くろぽん「不安がないことってあるの?」

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新卒でフリーランスになったこともあってか

「フリーランスって不安じゃないの?」

と聞かれることがちょいちょいあります。

そりゃ、ありますとも、不安。

ただ、思うんですよね。

「逆に、生きてて不安がないことってあるの?」と。

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不安=未完成であること

  • 進学
  • 就職
  • 結婚
  • 老後

などなど、人生にはいろんな不安がありますよね。

それは自分が未完成なことからきている不安がほとんどです。

カンペキなら不安なんてないはず。ただ、そもそもカンペキなどないのです。

ぼくからすれば不安なコトがないときのほうが、その場で足踏みしてるんですよ。不安がないように見えているってことは、進んでいない証ですからね。

不安がない、なんてことはないはずなのに、不安がない。それって不安じゃないんですか?(ややこしい)

不安は「考えるための原動力」

ぼくにとって不安は、ちゃんと考えるためのエネルギーだったりします。

不安になりすぎて動けないようではいけませんが、ちょうどいい不安は自分を前に進めてくれますよ。

テスト前とかそうじゃないですか。

「単位とれるかな…留年したくない!勉強するぞ!」

みたいな。

フリーランス的に言えば、

「来月のお金がない…死にたくない!働くぞ!」

みたいな。(もうちょっと考えるべきでは…とは思いますが)

進化に必要なのは、適切な恐怖です。ギリギリでアグレッシブさを失わないレベルの不安がベストだと思っています。

ちゃんと不安をコントロールできてる?

話をまとると、

  • 人生に不安はつきもの
  • 不安も前進するエネルギーに変えられる
  • 不安をコントロールする身体・精神づくり

という感じです。

不安に飲まれるときって、だいたいカラダ・ココロのどちらかがうまく機能していないんですよね。

というわけで、最近はもっぱらコンディションづくりに力を注いでいます。

栄養の勉強をしたりだとか。

筋トレの勉強をしたりだとか。

マインドフルネスの勉強をしたりだとか。

多くのかたが安心して人生を送りたいと思っているかもしれません。

しかし、本当に大事なのは不安とうまくつきあうことです。

完全な安心なんてものは、ないんですよ。これまで生きてきて、完全に安心したことはありましたか?

まずは不安をしっかり見つめることが大事。んで、自分の原動力にする力をつけましょう。

不安とか焦りとかをうまくコントロールできることが、生きていくうえで大切だなと思う今日このごろです。

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忘れがちな、日々の生活に「余白をとる」ことの大切さ。

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余白って大事だなと。

最近、ありがたいことにいろんなお仕事ができていまして。

それはよいことなのですが、いかんせん段取りが悪く、ちょっとバタバタするときもあります。

「忙しいことは幸せなことだ!」というのはごもっともな意見でありますが、日常に余白がないのはよくないんですよね。

極端な話、余白がないことにはお先真っ暗なのであります。

これからは意図的に余白をつくっていきたいなと、そんなお話です。

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アイデアは「余白」から生まれる

経験にもとづく厳然たる事実なのですが、新しいアイデアって余白から生まれるんですよね。

たとえば、ぷらっと散歩しているときとか、とりとめのない話をしているときとか。

そんな一見なんでもないときにポッとアイデアが出てくるんです。

逆に、机に向かってカタカタとキーボードを打っているときには、アイデアって出てこないんですよね。

パソコンを見て「う〜〜〜〜ん」と、いくらきばったところで新しい考えは訪れないものです。

つまるところ、なんでもない時間をいかに作るかがアイデアには重要なんじゃないかと。

余白は「空白」ではない

はっきり言っておきますが、余白と空白は違います。

いっけん雑多に見えるなにかをする時間が「余白」、ボーっとホントになにもしないのが「空白」です。

紙に絵を描くときに、その紙の白い部分が「余白」、紙から外の机は「空白」と例えることもできます。

いくら机に絵を描こうとしたところで、完成した絵には反映されませんよね。机は汚くなりますが…。

と同じように、いくら空白をつくったところでアイデアには反映されないのです。

もちろん、休む時間を取ることも大切ですよ。

ただ、「稼働している時間のほかは休むことしかできない…」というやり方では、いつまでたっても新しいアイデアは生まれません。

もちろん、アイデアの実現もしないでしょう。

人生に余白はあるか

急に話を大きくしますが、人生にも余白が必要ですよね。

「新しいこと、おもしろいこと、楽しいことは余白から生まれる」というのは、これからずっと死ぬまで通用する、一つの法則じゃないかと。

まぁ、余白だらけの人生もちょっとどうかと思いますが…。

ぼくの現状としては、ひとまず意識的に余白を作っていきたいんですよね。

余白があることで、より広がりが出てくるんじゃないかと。

もし余白を作ってみてダメっぽかったら、余った余白でまた考えればよい話ですし。

うまく余白を作りながら、楽しく日々を送っていきたいと思う今日このごろです。

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[お知らせ]新卒フリーランス、はじめました。

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3月に大学を卒業し、フリーランスになることにしました。いわゆる「新卒フリーランス」です。

こちらが何を言ってもやめとけと言う人もいれば、一緒に仕事をしてくださる奇特な方もいらっしゃいます。

一番おおかったのが「へーw」という回答。おもしろがってくれてるならうれしいですね。

「ちゃんと結果を出すのが一番」だという結論になっているので、目標と撤退ラインを定めて、コツコツやっていきます。

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なぜフリーランスなのか

学生時代、ぼくは就活しながらフリーランスの道も考えていました。

「就活してたのに、なんでフリーランス!?」と言われることもありますが、ぼくは「どこの登山口から山に登るか」ってだけだと思っています。

就職の道を行こうと、フリーランスの道を行こうと、目指すゴールは変わっていません。

最終的には、地元の福井県で事業をやりたいというゴールがありまして。

就活についてもそのゴールからの逆算でやっていて、結果的にフリーランスでも同じところに行き着くだろうとなりました。

つまるところ、ゴールはブレていません。

予定としては、2年後くらいには福井で働いています。あくまで予定ですが。

なので、「なぜフリーランスなのか」という質問に答えるとしたら、「そちらのほうが合っていると思ったし、目指すゴールは変わっていないから」という回答になります。

選べるべきだと思った

「最初は会社に入って、3年は働いて、それからまた考えたらいいんじゃない?」

そんな風に言われるときもありました。そんな風に思うときもありました。が、結局そのまま会社には入らずにフリーランスをやります。

就活をしていた時期もありましたが「大学を卒業したら次は絶対に会社へ」というのにだんだんと違和感をもつようになってしまい、結局こちらの道に。

会社に入りたくないわけではなかったのですが、「どうしてそれ一択なのかな…」というのは思いながら就活をしていました。

確かに、今の状況で合理的に選んだら就職が一番なのかもしれません。

ただ、あまりにもみんなが就活の方向に向きすぎていて、それでいて「就職したくない」と言う人たちもいて、なんか変だぞと。

もっと他に選ぶことができたほうがいいんじゃないか、それがフリーランスという選択肢を考え始めたきっかけでもありました。

いつかはフリーランスも合理的な選択肢になるだろうと思っています。

というわけで、まずはいったん結果を出して「新卒でいきなりフリーランスしてもいいんじゃない?」と堂々といいたいなと。

なにをするのか

これからなにをするのかを簡単に言うと、サイト制作とライターをやります。

もうちょっとかみ砕くと、メディアの記事を書いたり、会社のホームページをつくったりします。もちろんブログも更新しますよ。

やることとしては実はそんなに突拍子もないことじゃなくて、ひとまずはコツコツと日々スキルをみがいていくだけなんですね。

スキルがあればどこでもやっていけるでしょうし。淡々とトレーニングします。

フリーランスというと、自由!ノマド!カフェ!という想像をしてしまいがちですが、意外と地味な生活をすることになるでしょう。

自由かもしれませんがそのぶん責任もありますし、ノマドになることもできますが家から出ないで仕事をしているでしょうし、カフェは…そう何回もいけるものではありませんし。

コツコツと積みかさねつつ、チャンスを取りに行きます。

それってうまくいくの?

いけるんじゃないかなと自分では思っています。が、1年後には会社で働いているかもしれません。

ただ、フリーランスとサラリーマンは選べたほうがいいよね派なので、選べることをちゃんと証明するためにも、成功して方法論をまとめていきたいなと思っている次第です。

そもそも普遍的な方法論があればこんなにみんな苦労してない、という話ではありますが、サンプルの一つになれればなと。

確実に成功する見込みがあるものってあるのでしょうか。

フリーランスをしても、サラリーマンをしても、失敗するときはするもんです。

それに、失敗してもいいんじゃないでしょうか。最初から失敗をしにいく、という意味ではなくて。

話がそれましたが、要するにわからないけどやってみるしかないということです。そんなもんでしょう。

ひとまずつつましく生活します…!

なんかいろいろ言いましたが、じゃんじゃん使えるお金があるわけではありません。

ですので、ほしいものリストを公開してみることにしました。

応援してやってもいいよ!というかたはなにそつお願いします。

>>黒田剛司のほしいものリスト

お仕事ももちろんお待ちしております。WEBのこと、ライティングのこと、お気軽にお問い合わせください。

ではでは、引き続きコツコツとやります。

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チャンスをつかむために大切な、99%の準備と1%の幸運の話

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最近、ひょんなことから「サイトを作ってほしい」と頼まれまして。

もともとの話は、ぼくの知り合いに連絡がつかなかったある人が困り果てて、その友人の友人、つまりぼくに連絡をしてきたのです。

「◯◯さんに連絡がつかないんですが、なんとか連絡してくれませんか…」的な話で、いろいろあってぼくが2人のあいだを取りもつことで解決しました。めでたしめでたし。

で、そこからサイトをつくる話になったというお話です。

え?なにが?と思っているかもしれませんね。話のキモからお伝えしていきます。

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Facebookのプロフィールにちゃんと書いていた

「知らない人から連絡がきて、対応していたらいつのまにかサイトを作る話になっていた」

この話のキモは、Facebookのプロフィールに「サイト制作をしています」と書いていたことです。

たったそれだけのことでしたが、いつの間にやら会ったこともない人のサイトを作る話になっていました。

何より、ぼくが一番おどろいていますw

チャンスが来るかは準備で99%決まる

結局、チャンスが自分のところにやってくるかどうかって、99%準備なんですよ。

「チャンスが来たらがんばろう」と思っていても、一生チャンスは来ません。

チャンスが来るかどうかわからなくてもコツコツと準備を重ねることで、ポッと花が開くようにチャンスが訪れるのです。

何もない状態からチャンスがほしいと思うなら、チャンスが芽生えるように土を耕しつづける必要があります。

チャンスがつかめるかは1%の幸運が決める

いくらチャンスが来ても、それをちゃんとつかむことができるかは、また別の問題でしょう。

来たチャンスをガッシリつかむには、ラッキーの要素が必要になってきます。

そして、その運を引きよせるのは日々の習慣でしかありません。

今回の話で言えば、「返信が早い人は信用できる人」と相手のかたが思われていたこと、これが幸運でした。

関連:「秒レス」できてる?ぼくが秒レスを心がける3つの理由

1日1日の積みかさねがチャンスを運ぶ

今回の件で、日ごろからぬかりなく過ごすことがチャンスを運んできてくれると痛感しました。

「こんなにやってるのになんでチャンスが来ないんだろう…」とついついふてくされてしまうこともありますが、日々コツコツが一番の近道のような気がしています。

何度も言うようですが、チャンスが来たらがんばろうと思っている人にチャンスは来ません。

待ち受ける準備がととのっていないことには、チャンスは姿を見せてくれないのです。

さてさて、まだまだ積みかさねでいかねばですね。

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大学生は時間の使い方がうまくならないと言い切れる理由

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ぼくも大学生なので、盛大なブーメランをくらっているのですがw

大学生の時間の使い方というのは、おせじにもうまくはありません。

ただ、時間の使い方がうまいかどうかは生まれつきの才能ではなく、環境によって決まります。

要するに、大学生は大学生であるがために、時間の使い方がヘタで、またうまくなることもないのです。

今回は、そんなお話です。自分で書いてて耳がイタイんですが…。

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大学生は時間が無限にある?

そんなことはなく、ちゃんと時間に限りはあるのですが。

その自由さからか、ほとんどの大学生はあたかも時間が無限であるかのように錯覚してしまいます。

そして、テスト前などで時間がなくなってくると、突然バタバタとしだすのです。あぁ、耳がイタイ。

「あれだけ時間があったのになんでこんなに忙しいの!?」というパターンになることが、非常に多いんですよね。

違います。あれだけ時間があったからこそ、こんなに忙しくなっているのですよ。

大学生は時間の使い方がうまくならないのは、時間が豊富にあるからなのです。

時間は制限されるからこそ、使い方がうまくなる

ちきりん本「自分の時間を取り戻そう」では、このように記されています。

お金にしろ時間にしろ、インプットできる資源は有限なので、永久にインプットを増やし続けることはできません。だからインプットを増やすことでしか成果を上げられない人は、どこかで行き詰まってしまうのです。

インプットを増やし続ける、つまり時間をかけまくることで成果を生み出しているようでは、絶対にどこかで行きづまるのです。

時間をかけることでやっと追いついていた人は、それ以上の成果を求められるといっぱいいっぱいになってしまいます。

そして、本のなかでは日本の農業をひきあいにして、時間の使い方、つまり生産性を高める方法について書いていますね。

戦後、日本で高度成長がおこると、地方の若者は高い給与や便利な生活に憧れ、次々と都会に移り住み始めます。これにより地方の農業は、担い手不足という深刻な問題に直面しました。こうして人手というインプットが容易に増やせなくなると、日本の農家も「人手が増えなくても成果を挙げられる方法」を真剣に考え始めます。

お金や時間、人などの資源が足りなくなったからこそ、その資源の使い方がうまくなるというわけなのです。

あえて、時間を制限してみる

大学生のように、簡単に時間が増やせてしまう状況では、時間の使い方がうまくなりようがないのです。

使えば使うだけ時間があるように見えているうちは、いくらやっても時間が足りなくなっていきます。

逆説的かもしれませんが、実際に自分がどうなのかを考えてみればそれは明らかなことでしょう。

そこで必要なのが「あえて、時間を制限する」ということです。

これをしないことには、いつまでたっても時間が足りないオチから抜け出すことができません。

ちきりん本「自分の時間を取り戻そう」では、具体的な方法にも言及されているので、ぜひ読んでみてください。良書です。

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空からお金が降ってきてほしい人に、ぼくが全く共感できない理由。

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最近、お金についてのマンガとか映画とかを立て続けに見てまして。『ミナミの帝王』は法律の勉強にもなるのでオススメです。

こういうマンガを読んでいると気づくのです。

「あぁー、金持ちになりてえなあ」と言っている人の口座に、突然1億円が(何かしらの正当な理由で…遺産相続とかですかね)振り込まれたら、ほぼ間違いなくその人は壊れるということに。

突然むちゃくちゃな金額のお金をもらったら、たぶんぼくもいろいろとおかしくなるんじゃないですかね。

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人間関係がおかしくなる

たとえば、人間関係。親ですら信じられなくなるかもしれないですよ。

ぼくには相手の言葉のウラを読もうとしてしまうフシがあり、「うちの家族はぼくを大事に思っているのか、それともぼくのもっているお金を大事に思っているのか…」なんて考えちゃいそう。

宝くじの高額当選者だけがもらう「【その日】から読む本」という冊子にも、当選したことを伝える人はよく考えるように書いてあるそうですね。

もちろん金銭感覚もおかしくなる

そして、金銭感覚。今まで月に20万円で生活していたとして、次の月に2000万円まで使えるようになったとします。もちろん正当な方法で、ですよ。

大半の人が突然100倍になった生活費に対して「やったぜ!」と思うはずですが、実際おそらくそこまで「やったぜ!」な展開にはならないでしょう。

なにせ、今まで1杯300円だった牛丼が、1杯3円になるようなものですからね。(牛丼の1杯あたりの値段と月あたりの生活費の比率が変わることを言いたいのですが、あえてこのような書き方にしています。)

牛丼に卵をつけるかどうかなんて悩まなくなるのです。

すると、牛丼へのありがたみがなくなるのはもちろんですが、なにより給料が下がった時に、生活の水準を下げることが難しくなりますよね。

収入と所属するコミュニティは一致している

基本的に自分の収入とコミュニティをつくる人たちの平均収入というのはある程度一致しているものです。

一般的には金持ちの友だちは金持ち、貧乏人の友だちは貧乏人なのです。なぜかと言うと、それぞれのペースに合わせることができるからです。

一緒に飲みに行ったとしても、割り勘がどこか不平等に思えてくるのではないでしょうか。所得税のように累進割り勘にするわけにもいきませんし。

とまあ、収入が突然かわったことについていくのって、かな〜り難しいと思うのです。

いきなりお金持ちになりたい人に共感できない

ゆえに「あぁー、空から1億円ふってこないかなあ。」とぼやく人に、ぼくはちっとも共感できないのです。

ぼくを含めたほとんどの人が、建設的な使い方をしないまま1億円を使い果たすしてしまうでしょう。

99%持て余しますし、なにより物理的に危ない。

空からふってきた1億円が頭に当たったら即死ですよ。…え?そこじゃない?

お金持ちにはなってみたい

それでも、ぼくはお金持ちにはなってみたいんです。なぜかというと、体験したことがないからです。それだけ。

だって、自家用ジェットでいろんな国に行ってみたいじゃないですか。パチンと指を鳴らしたらヘリが降りてくるみたいなの、やってみたいじゃないですか。

あとは、自分がお金持ちになったときに、まわりの友人がどう変わるのか見たいです。ちょっと性格が悪いかもしれませんが…。

ええ!お前がそんなに豹変するのか!みたいな友人が出てくる気がします。意外とまじめな人のほうが接し方を変えてきたりするんじゃないかな、と推測しています。

本当にお金持ちになりたいの?

言いたいのが、本当に金持ちになりたいのみんな?ということです。

たぶん、なにかしら金銭で解決できること(そして、金銭の事情で解決できていないこと)が、現状ですでにあるのではないでしょうか。ゆえに、お金があればなあ、とぼやくのでしょう。

しかし、足らぬ足らぬは工夫が足らぬです。上記のような人は、お金があってもなにかしらで「足らぬ足らぬ」と言っているでしょう。

ただ、貧すれば鈍するというのも正論です。お金のことばかりを考えないといけない状況は、全ての活動を鈍らせます。

というわけで、ぼくはお金を持ってみたいですが、そこまでリッチな暮らしはしないでしょう。どちらかと言うと、貧すれば鈍するを避けるスタイルを取るでしょうね。

で、あなたはお金持ちになりたいんでしたっけ?そのお金、どうするんですか?

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すぐに活動を自粛する人たちがその前にやるべき1つのこと

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率直な疑問なのですが、不祥事が起こったりするとなんで活動を停止するんですかね。

そりゃ、不利益を被ったかたへの謝罪などなどは必要です。ただ、本業の自粛をするのはなぜなんだろうなと。

自主的に経済制裁をする意味なのでしょうか、それとも、なんかそれっぽいからやっているのでしょうか。

現状だと、その人がつくるものを楽しみに待っている人たちをないがしろにしてしまっています。

では、活動を自粛せざるをえないような状況で本当にやるべきことはなんなのでしょうか。

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楽しみにしている人をがっかりさせるのもよくないこと

当たり前なんですが、自分がつくるものを楽しみにしている人をがっかりさせるのはよくないことです。

なにか悪いことをしてしまったとしても、その人がつくるコンテンツの価値が落ちるわけではありません。

ゴッホは精神病院にいたという話ですし、ダリも奇行を重ねていたという話ですし。

それでも彼らが描いた画は今でもファンが世界中にいる名作ですよね。人間性とコンテンツのよしあしに関連性はありませんよ。

真人間が必ずよいものを生み出せるとは限らないでしょう?

ぼくら一般人も自粛している

これまで自粛がまるで有名人だけのもののように語ってきましたが、ぼくら一般人もふつうに自粛をしているんですよ。

たとえば、熊本地震のときとか。

全体的に自粛ムードになっていましたが、ぶっちゃけ自粛する目的がわかりませんでした。むしろガンガン動くところじゃないのかと。

全ての自粛について言えることですが、なんでもかんでも自粛してときが過ぎ去るのを待つというのは得策ではないでしょう。

自粛する前にやるべき1つのこと

コンテンツ作成者の話に戻りますが、もしその人がつくる何かを楽しみにしている人がいるとすれば、少なくとも再開のめどは伝えるべきです。

それが楽しみに待っている人に対して最低限やるべきことです。震災などでの自粛ムードも同じで、その期間を定めるというのは重要でしょう。

なんとなくずるずる…というのはどんなときでもできれば避けるべきことです。

期間を定めることができないのは、その自粛の目的がはっきりしていないからではないでしょうか。なんとなくやりゃいいってものでもないかと。

どうにかして「ここまでに」という期限を決めることで、そのことに関わる全ての人から納得を得ることができるのではないでしょうか。

形式ばかりにとらわれて、本当に大切にすべきことを見失わないようにしたいものです。

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大学4年生です。3000万円の投資に手を出してしまいました。

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だれにもナイショにしていたのですが、ぼくは3000万円の投資に手を出してしまいました。

それも、確実にリターンがあるわけではありません。まあ、投資ですからね。

買ってしまったものはもうしょうがない。死ぬ気で運用してリターンを得るしかないですよね。

…実はこの3000万円の投資案件、大学生全員、ひいては大学に通ったことのある人がみんなやっていることなんです。

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大学生はみんなやっている、3000万円の投資

ことの発端はこちらのブログ記事。キレッキレのロジックを展開されるかたで、この記事以外にも定期的に読ませていただいています。

大学中退した起業家を叩く人ってそもそも大学卒業するに値する価値って得たんですかね? – 拝神

その中に、こんな一節があります。

でも、大学の投資って結構バカにならないと思うんです。
単純に考えて、年間学費だけで100万円相当で4年間で400万近く。さらに大学に行かずに働いていた際に得られたであろう4年間の給与の機会損失が何も考えずにマックジョブしたと仮定しても年間250万円×4年で1000万ちかく、学生期間中の生活コストで月に15万前後として年200万円で800万近く。合計の投資相当額って約3000万円くらいですよね? まあいい大学行こうとしたら受験勉強の費用とかもあるわけで、下手したら4000万円くらいいくんじゃないですか。

大学に行くということは最低3000マンの投資をするということと同じだよ?という話です。ぼくの通っている大学はもうちょい学費が安いのですが、それはさておき。

1日あたりに直してみると、「3000万円 ÷ (365日 × 4年) = 20547円(小数点以下切り捨て)」となります。

土日や長期休暇のときも、毎日コンスタントに約2万円の投資をしているわけです。こうして考えると、とんでもない投資をしている気分になってきますね…。

趣味で大学生をやっているという金持ち的な発想ができるかたはよいでしょうが、多くの大学生は少なくともその先のキャリアを見すえて大学へ入学したはずです。

でも、それって本当に3000万円かけた分の(もしくはそれ以上の)リターンになっていますか?

「人生の夏休み」とか言ってられない

人生の夏休みと称されることも多い大学生活ですが、夏休みに3000万円の投資するの結構バードじゃないですか?

…てか、ちゃんと休まらないでしょ。ふつうに考えてみればまずムリですよね。3000万ですよ。

「3000万の投資してるんだよね。え?いまは夏休みだからバカンス気分だよ〜。」とか言えちゃう大学生、本来いないはずです。

必死にリターンつかみに行きますよね、ふつう。夏休みとか言ってられませんよ。

きちんとリターンを得てこその投資

大学生になることは、投資です。投資というのは、リターンを得るためにあるものです。アタリマエの話ですが。

参考:普通とは違う?投資の世界ではアタリマエな、リスク感覚の話

卒業後の人生において、きちんとリターンを回収できるような大学生活を送っていますか?また、卒業されたかたはきちんとリターンを回収できていますか?

大学生活、ぼくはあと半年くらいですが、しっかり学んでいきたいなと。じゃんじゃんリターン回収していきます。

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ぼくが「死ぬまでやるだろうな」と思った3つのこと

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大学生活も終盤に差しかかっています。ブログに書いていないこともたくさんありますが、今までいろんなことを試してきました。

「やったことないことはとりあえずやってみる」を意識した結果、いまふり返ってみるとよくこんなにやったな…というほどのことをやっていますね。

ただ、やってきたことの中には「これからはもうやらないな…」ということも、「これからたぶん死ぬまでやるんだろうな…」ということもあります。

今回は、特に生きているうちは続けたほうがいいと感じた3つのことをご紹介します。

もし今までやったことのないことがあれば、ぜひチャレンジしてみてはいかがでしょうか。

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1.本をめちゃくちゃ読むこと

これはホントにやったほうがいいです。本を読まない若者が多いという話はよく耳にはさみますが、だまされたと思ってむちゃくちゃ読んでみてください。

ぼくはとくにKindleを買ってから読む本の数が飛躍的に伸びましたね。

1ヶ月に5冊は活字の本をKindleで読み、10冊はマンガを読み、さらに追加で書籍を買って読み…という風にまあむちゃくちゃ読んでいます。

関連:Kindleは本よりも読書に最適だったという事実。

関連:Amazonの「Kindle Unlimited」で読書生活がまた加速する件

実は、高校時代は全くといっていいほど本を読んでいませんでした。読んでいたのはマンガくらいですかね…。活字はからっきし。

ただ、大学に入ってから急にヒマができたので、本を読みはじめたところ、いつの間にか読書狂になっていました。本が大好き大学生に。

特に小説には一時期どハマりしていました。本の中でのムテキ感と読書後の心がフワッと軽くなる感じがなんとも好きなんですよね。

最近は、「羊と鋼の森」がとくによかったですね。実は高校の先輩が書いた本だったりして、高校の情景がつい思い浮かんでしまうという。

2.自分でなにかをつくること

大学に入ってから、自分でなにかをつくる機会が増えました。

一人ぐらしということもあって、なにからなにまで自分でやらないといけない意識がめばえたのもその理由かもしれません。

自分で旅程を立ててどこかに行くようになり、ゲストを呼んでイベントを開催するようになり、サイトがだいたい作れるようになり

日々の生活をつくる感覚を覚えるようになったのも、大学に入ってからですね。このブログも自分でつくったものの一つでしょう。

こんな感じで小さなことをちょいちょい作っていきまして気づいたのが、自分はなにかをつくることが好きなんだなと。

そして、自分でつくったものによって、だれかにちょっとでも喜んでもらえることは楽しいと気づきました。

楽しいことは死ぬまでやるだろうな、と思うのです。

3.おいしいものを食べること

「当たり前だろ!」と思われる方もいらっしゃるでしょうが、これが意外と大事なんだなというのは大学に入ってはじめて気づきました。

世間で言われているように、ジャンクフード的なものばかり食べるのはやはり身体によくないです。

高校までは実家で生活していたので、全く料理をつくることなく、ほぼ毎日おいしいおふくろの味を堪能していました。

大学生になると、実家を出たので自分でごはんを作るようになります。しかし、ちょっと油断するとすぐに食生活は乱れます。

やる気になるとそれなりのものは作れるのですが、やる気がないとてんでダメです。納豆とか豆腐とか「なんか健康っぽい食べもの」を食べて過ごしてしまいます。

ただ、やっぱり飽きますし、どうしても「栄養をとる」的な食事になってしまうんですよね。ちゃんと自炊せねば…と猛省する日々です。

外食でも、やはりおいしいもののほうがいいですね。どこでごはんを食べるときも、めちゃくちゃ調べてからお店を決めることがほとんどです。

おいしいものを食べることは、心も身体も健康でいられるための重要な行為なのではないかと。毎日こんなくらいの自炊ができればいいんですけどね…。

自分がいい気持ちになること。だれかのプラスになること。

自分がいい気持ちになり、だれのマイナスにもならなければ、なんであれ一定の期間だったら続けることはできます。

とりあえず自分は得して、かつ損する人がいないんですから。

ただ、死ぬまで続けるとなると、だれかのプラスになることしか続けられなさそうです。

本を読んで、そこで得た何かしらがだれかの助けになること。

だれかが楽しくなったり、新しいことを知れたりする何かをつくること。

おいしいご飯が食べれるお店にだれかと一緒に行ったり、だれかのためにおいしいご飯をつくること。

3つのうち、どれをとっても結局は自分とまわりの人のプラスになることが続けられると感じています。

なんかすごいキレイごとっぽくて落ち着きませんが、まあ、そんな感じだと思った夕方でした。

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