新卒でフリーランスになって月144万円かせぐまでの全てをnoteにまとめました

「あげた・もらった」はどんぶり勘定くらい適当がちょうどいい。

地元の福井県に帰省していました。あいかわらず食べものがおいしすぎる…。

魚のさしみとか、大阪の2倍くらい肉厚ですからね。もはや別の食べものですよ。さしみだけで記事が書けてしまうレベルです。

田舎あるあるなのですが、食卓にのぼる料理の3分の1くらいは人からもらったものなんですよね。今の時期だと新玉ねぎ、スナップえんどう、フキとか。春の味覚をなごり惜しく味わいました。

ただ、そうやってわが家の食卓をにぎやかしてくださる方って、見返りを求めないんですよね。

もちろんこちらもお返しっぽいことはしますが、なんというかダラダラと物々交換している感覚なんですよね。

あのときのお返しで…なんてことは言わずに、どちらもダラダラあげたりもらったりしています。

そのダラダラとあげたりもらったりするくらいの感覚が豊かに暮らすヒケツなのかな、とも思ったり。

あげたらもらわないと、と思っているとしんどい

だれに何をあげたかを覚えていて、頭のなかにあげたものと人をリストにして残しておくのはしんどいです。頭の使い方としてももったいない。

人からもらったものは覚えておくほうがよいとは思いますが、それもなんとなくでよいような気がします。あっ、借りたものはちゃんと返しましょうね。

ぼくはもともとどうでもいいと思ったことはすっからかんに忘れるタチなので、貸したカネも借りたカネも忘れてしまうくらいの勢いで友人とのやりとりを忘れていきます。

実際何度も貸したカネを忘れたような記憶があるような…うーん、忘れました。

借りたカネもかろうじて覚えているレベルなので、頭の中は常にクリアです。もやもやが残っていることはほとんどありません。すっからかんです。

適度に忘れること、適度に任せること

なにごとも適度に忘れて、適度に他人に任せることが大切なのではないでしょうか。思い立ったときにあらかじめ伝えてしまうことが大切です。

ものに限らずなんでもですが、思い立ったうちにメモやメッセージをするべきです。人間は忘れる生きものですからね。

そして、お金の貸し借りなど大切なことも、カレンダーに書いたり、ToDoアプリに覚えさせたりしましょう。

ちなみにぼくはGoogleカレンダーとWunderlistを使っています。通知もしてくれるので、(メモすること自体を忘れなければ)予定をすっぽかすことはありません。

覚えるだけの単純なことはできるだけアプリに任せて、自分は忘れてしまいましょう。そのほうが考えることに集中できます。

「あげた・もらった」はどんぶり勘定がちょうどよい

総じて、「あげた・もらった」はどんぶり勘定でよいかと。お金の貸し借りなどはちゃんとしたほうがよいですが、あげたものとかもらったものとかは適当に覚えるくらいでよいです。

ギブアンドテイクとかいいますが、商売じゃないんだからそこまできっちりしなくてもよいんですよ。ギブアンドテイクの家族関係とか友人関係とかつらすぎます。

とくにことこまかに覚えて見返りを求めたりすると、逆にこちらがしんどくなりますね。もらったものも、思い出したときになにかしらの形で返すくらいでよいでしょう。

逆に言えば、あげたということは見返りを求めないことなのです。

それくらいの気持ちでものをあげれるような生活をしていれば、とくにつらくなることはないんじゃないでしょうか。

就活も「これだけ交通費はらって面接にかよったのに落ちた!」とか思わないようにすると、だいぶラクになるような気がします。

ついついきっちりしてしまいがちですが、きっちりするところとそうでないところをうまく線引きして考えることができる人が一番ラクに生きることができますね。

貸し借りは信用のうえにあることなので、ちゃんと返しましょうね。あとはざっくりどんぶり勘定くらいでよさそうです。