人生でムダなことをしないためのたった1つの考え方

「人生にムダなことはない」

人生における経験のなかには、ムダなことなんてものはない。思わぬところで、思わぬ経験が生きることもある。

しかし、「人生は短いのだから、ムダなことはしたくない」という意見もあります。

人生におけるムダとはなんなのか、役に立つこととはなんなのか。なかなか一言であらわすのはムズカシイですよね。

ただ、人生においてムダなことをしないための考え方はあります。それは「視点を変える」という、だれでも無意識のうちにやっていることなのです。

なんで同じことを何回もやるの?

「人生は短いのだから、同じことは二度とやらないほうがいい」と、思っていた時期がぼくにもありました。

しかし、大学のオープンキャンパスの企画は、結局3年連続でやっています。

同じことを二度とやらないほうがいい、という考え方からはかけ離れた行動のように見えますよね。実際3回も同じことをしていますし。

なんであいつはおんなじことを何回もやってるんだ?人生は有限だぞ?」と思っている人が、親しい友人のなかでもいるかもしれません。

視点を変えれば、ものごとが変わる

一見、3年連続で同じことをしているように見えますが、実はぼくの中では3年とも違うものになっています。

オープンキャンパスを企画する、ということ自体はもちろん3年とも同じです。

しかし、メンバーが変わり、とりまく環境が変わり、自分のできることの幅が広がり、と様々なことが変化しています。

すると、それに合わせてものごとへの視点が変わってきます。

今年は最終学年ということもあり、自分で手を動かすというよりは教えることがメインでした。

「どう教えるか」を考えることは、1度目にこの企画に携わったときにはなかった視点です。

大学の行事なので、お給料はでません。

だからといって、ぼくがボランティア精神あふれる人かというとそうでもありません。もらえるならお金ほしいですし…。

ただしそこで、「こんなのボランティアじゃないか!」と思うか「これは勉強になるなあ」と思うかは、自分が対面している状況をどのようにとらえるかにかかっています。

視点の移り変わりをふり返ってみる

ぼくはオープンキャンパスの企画に、2年生のとき、3年生のとき、4年生のときと全部で3回かかわることができました。

振り返ると、それぞれの回でそれぞれ違った視点をもっていましたね。

1回目のときは、とにかくはじめてのことだらけで、上級生がつくったタスクを形にするだけでした。

ぶっちゃけ「どうやったら〆切に間に合うか」くらいしか考えていませんでしたよ。視点もへったくれもない、といった感じです。

2回目のときは、前回の知識を活かしつつ「どうやって後輩と一緒にいいものをつくるか」を考えていました。

それと同時に、教える側の視点として「どうやったら後輩たちが自発的に動くか」を考えていましたが、結果としてうまくいっていなかった気がします。

2回目のときの後輩は、ぶっちゃけもとから自発的でした。ぼくがいたからこうなった、的なことはそんなになかったように思えます。

また、チームとして「どうやって最後まで仲良くするか」という点も気にしていました。なあなあの仲良しではなく、それぞれが自立してやるときはやる仲良しというのを理想としていましたね。

チームで結果を出すには、雰囲気というのが意外と重要だというのは、いまでもひしひしと感じます。いまあるよい雰囲気をこわしてまでするべきアドバイスなのかどうか、という点にもかなり気を配っていました。

おかげで「ずっとシブい顔で黙っているコワイ先輩」的な印象になっていましたw もともと人相にはあまり自信がないので、顔はしょうがないんですよ…。

あえて複数回やることで視点を変えることができる

1回目と2回目の大きな違いは、教える側の視点をもっていたか、という点にあります。ただ全てを教えるのではなく、後輩たちのこれからにも活きるような教え方を模索していました。

教え方についての考えは、別記事にまとめますね。

そして、3回目である今年度は、「どうやって後輩たちの色を出すか」をかなり考えていました。

最終学年ということもあり、こちらの意見が全てとおりがちになってしまいます。自分がこう思う、ということが良くも悪くも全て反映されてしまうのです。

なので、できるだけ自分が「こう思う!」ということは終盤の修正まで言わずにとっておきました。

代わりに、「どう思う?」ということをひたすら後輩たちに問いかけた気がします。

どうせ学生の自己満です。

オープンキャンパス全体で見れば、「学生の自己満足感」がある点がいくつもあります。

仕掛けが甘かったり、全体の見通しが甘かったりといった点をある程度無視しないとそもそも完成しないので、「とにかく形にする」が最優先です。

しかし、それが「上級生の自己満足」ではなく、かつ「教授や学部の大人たちの自己満足」でもないことに個人的には意義を感じています。

後輩たちが意思決定をして、定めた目標に対して上級生がサポート(もしくは夜を徹しての作業)をする。教授や学部の大人たちが外部との関係などなどをサポートしてくださる。

だからこそ、より高校生とのキョリが近いオープンキャンパス、より高校生が求めているオープンキャンパスにすることができるのではないかと思うのです。

高校を卒業して何十年もたったようなオッサンたちが「ほら、高校生の君たちってこういうの好きなんでしょ?ねえ?」とか思いながら企画するオープンキャンパスほど気持ちの悪いものはありませんからね。

だから、多少「学生の自己満」になろうとも、学生がやる意味があると思っています。

「オープンキャンパスは大学が提供するものだ」という視点しか持っていなかったとしたら、いまぼくはこうしてオープンキャンパスの企画を振り返りつつブログを書くこともなかったでしょう。

「オープンキャンパスだからこそ、学生が提供するものじゃないか」という視点があったからこそのことです。

いまあなたの視点はいくつ?

さて、いまあなたの視点はいくつありますか?

「わたしにはこれしかないんだ…!」と思っている方もいらっしゃるかもしれません。それも一つの視点の持ち方です。

しかし、それだと思いがけない気づきはありません。なぜなら、それをやる前から「こんなムダなことはやらなくてもいい!」と決めてかかってしまうから。

ちょっと視点を変えてみると、意外なところで役に立ちそうな気がしてくるものです。

え?そんなカンタンに視点を変えることができたら苦労しない?

そういうときは、とりあえずやってみましょう。「これをやれば視点が変わるかも?」という考えのもと、とにかくためしてみるのです。

ダメでもいいじゃないですか。また何十年後かにその経験が活きるかもしれませんからね。