アタマがかたいおじさんにならないための生存戦略。

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「若い子はいいねえ〜。アタマのやわらかさが違うもんな〜。」

そのように、おじさまたちに言われることがあります。22歳、黒田剛司です。好きな食べものは寿司です。

もちろん、ほめられるのはうれしいです。ただ、同時に「(自分もしっかり年をとるんだよな…)」とつい考えてしまいます。

それはつまり、いずれはやわらかい(と言われている)自分のアタマが、おじさまたちのようにかたくなってしまうんじゃないかというわけです。

いまのところ、人類は時の流れには抵抗することができません。え、やばいやばい。勝手にアタマかたくなっていっちゃうの?どうしよう…。

というわけで、今回はアタマをどうやってやわらかく保つかについて考えてみました。

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アタマのやわらかさってなに?

アタマのやわらかさを保つぞ!と大見得を切ったものの、そもそもアタマのやわらかさがどういうものなのか、イマイチよくわかっていません。

一般的に言われるアタマのやわらかさというのは、以下のような感じでしょうか。

  • 突然のイレギュラーにも即座に対応できる
  • 一つの考えにこだわらず、様々なアイデアを出すことができる
  • 他人の意見が自分と違う場合でも、受け入れることができる

こうやって考えてみると、アタマがやわらかい人とはこだわりが少ない人だという言い方ができそうですね。執着しない人、と言ったほうがより正確です。

ということはですよ、人間は年をとるにつれてこだわりが強くなっていき、アタマがかたくなっていくということなのでしょうか?

アタマやわらかおじいちゃんもいる

年をとるにつれて、ものごとへの執着が強くなってきて、アタマがかたくなるというのが、ここまでの結論です。

しかしよくよく考えてみると、アタマがやわらかいおじいちゃんもいます。みんながみんなカタブツというわけでもないじゃないですか。

豊富な経験や知識をもとに話をされるので、ぼくのような若造はただただひれ伏すのみ、みたいなおじいちゃんもいることにはいるんですよね。

すなわち、みんながみんな年をとるとアタマがかたくなるというわけでもないようなのです。

ということは、なにかしら自分のアタマをやわらかく保つ方法があるのではないでしょうか。希望が見えてきた…!

自分のアタマをやわらかく保つためには?

ちきりんさんの『自分のアタマで考えよう』という本には、以下のようなことが記されています。

 知識が思考の邪魔をするため、誰にとっても、自分が詳しい分野において斬新なアイデアを受け入れることは、よく知らない分野においてそうするよりははるかにむずかしいことです。
 よく知らない分野であれば、革新的なアイデアを肝要に受け入れる人も、自分の専門分野については驚くほど保守的であったりします。保有する知識が多すぎて、どんなに斬新なアイデアを聞いても頭の中からひっぱり出してきた知識によって「そんなことは不可能だ。できるわけがない。」と否定してしまうからです。
 「詳しくなればなるほど、その分野での新しいアイデアに否定的になる」傾向が見られたら、「知識が思考を邪魔している」ことを疑ってみた方がよいでしょう。

要するに、いま自分が対面しているものごとに対して考えることをせずに、自分のアタマにある知識だけで判断してしまうことがあるというわけです。

知識に執着してしまうことは、アタマがかたい一つの原因と言えそうです。では、反対にアタマをやわらかく保つにはどうしたらよいのでしょうか?

本のなかでは以下のように続いています。

反対に思考力のある人は、自分の専門分野においてさえ革新的で柔軟です。それは彼らが常にゼロから考えているからです。時代が変わり、世の中が変わり、新しい現象が出てきて新しい情報に触れたとき、過去の知識ではなく、目の前の情報から考えることができるかどうか。それが「考えることができる人」とできない人の分岐点です。もしくは、「時代の変化に気がつく人」と気がつかない人の違いともいえます。
 また、知識の中で特に影響力が大きいのは、成功体験と結びついた知識です。過去に大成功したという記憶(それ自体がひと固まりの知識です)が、新しい情報に触れたときにシャシャリ出てきてゼロから考えることを妨げます。そうすると、せっかく時代の変革期に新しい情報に触れているのに、過去の知識に囚われてしまい、先入観をもたずに考えることができなくなります。

自分か知っていることでも知らないことでも、ゼロベースでものごとを考えることは、アタマをやわらかく保つための一つの方法と言えそうです。

年をとるにつれて、知識や経験は蓄積されてくるものです。それ自体は素晴らしいことですが、知識や経験にがんじがらめにされるようでは柔軟性を失ってしまいます。

むしろ、知識がある人、成功した人ほど注意すべきですね。

この点から考えると、若者はアタマがやわらかいという論も正しく思えてきます。ぼくなんかも知識も経験もないので、基本的にゼロベースから考えるしかないですからね。

ゼロベースでものごとを考えることができる?

おじさんになってもアタマをやわらかく保つための方法として、常にゼロベースで考えることは意識したいですね。

知識がつけばつくほど、専門的になればなるほど、逆にゼロから考えるように心がけていく必要があります。

こう考えると、年をとると絶対アタマがかたくなるとは言えなさそうですね。

ただし、無意識のうちに知識や経験にとらわれないように、常に自問する必要はあります。

そして、突拍子もない意見を頭ごなしに否定せず、いったんゼロから考えるクセをつける必要もありそうです。

だからといって、知識や経験をないがしろにするわけではありませんよ。ゼロベースで考える「思考力」と「知識や経験」を混同せず使う必要があるということです。

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黒田 剛司

福井県出身。千葉(金谷)在住。新卒でフリーランスになりました。物書きをしています。サイトも作ります。ブログ、メディア記事、サイト制作、企画、イベント運営などをやります。

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