居心地が悪いのはあなたに「センス」がないだけ。とっとといなくなりましょう。

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だれしも「合わないな…。」と思う場所や雰囲気はありますよね。

ぼくも騒がしい場所や混雑している場所はニガテだったりします。大学生なのに、大勢での飲み会とかもあまり得意じゃないことに最近気づきましたw

そんな合わない場所に居心地の悪さを感じてまでいる必要はありません。「センスがない」ことを自覚して、とっとといなくなった方がよいです。

ばつが悪そうにしている人がいては、その場を楽しんでいる人も居心地が悪くなってしまいますからね。お互いに損をするまえに、おとなしく身を引くのが吉です。

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「センスがない」のにその場にとどまる必要はない

居心地が悪い場所というのは、往々にしてあなたにその場所のよさを感じるセンスがないだけなのです。才能の問題です。

なので、どれだけがんばったところでその場になじんで居心地がよくなることはありません。残念ながら。

どんな場所にも価値はあるものです。その価値を見いだせるかどうかは個人のセンスにかかっている、というわけです。

センスのかけらもないようなことを延々とがんばって続ける必要がないのと同様に、居心地の悪さを感じる場所にいつまでもいる必要はありません。

「がんばってこの場になじむんだ!」といういきごみも時には大切ですが、ダメだと思ったら諦めましょう。

場所のせいにすることは結局あなたがつらいだけ

自分の居心地の悪さを場所、もとい人のせいにすることはやめたほうがよいです。結局、自分がつらくなるだけです。

なぜかというと、「私はアイツのつくる雰囲気がイヤだったのに、それを楽しんでいる彼らはなんなんだ!」とその場所で楽しんでいる人たちに負の感情を抱いてしまう可能性があるからです。

それよりかは「私にその場の楽しさを感じるセンスがなかっただけ。」と割りきったほうがよっぽどマシです。

そして、負の感情に使うエネルギーを自分のためになることに使いましょう。エネルギー効率は大切ですよね。

続けるのが美徳?なにそれ美味しいの

自分にセンスがないことを自覚してその場を去ろうとする人に対して、たいていの場合は「なんでそんな簡単にやめちゃうかなー。」的な言葉が降りかかってきます。

ぼくもゼミをやめたときに何人かに言われた記憶があります。続けたらよいのに、って。

「継続は力なり」というありがたい先人の言葉がありますが、あの言葉は「(正しい努力の)継続は力なり」だとぼくは思っています。間違ったことをいくら続けても力にはならないでしょう。

ただ続けることがよいだなんて、思考停止もいいところです。さっさとやめたほうがよい場合もありますよ。ぼくはゼミをやめたことを後悔していませんね。

ただ、そこを自分の居場所としている人たちに迷惑はかけたくないものです。サクッと何事もなかったかのようにいなくなりましょう。

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黒田 剛司

福井県出身。千葉(金谷)在住。新卒でフリーランスになりました。物書きをしています。サイトも作ります。ブログ、メディア記事、サイト制作、企画、イベント運営などをやります。

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